ムカシトンボ

　僕は秩父の渓流も好きだが、最近は入間郡あたりの渓流がお気に入りで、春にはムカシトンボを見に出かける。割と手軽に行ける所だが、里から峠を越えて山に入っていく時の景色がなかなかのもので天狗さんでも出て来そうで、ついウキウキしてしまう。
　言わずと知れた生きた化石。春の渓流に現れて、いつも殆ど止まることなく飛び続けている。
　オスは晴れた日の日中、早瀬の上を直線的に素早く飛ぶ。渓流の岩場で待ち構えていると、目の高さくらいの所を背後から虹色の閃光が駆け抜けていく。これがムカシトンボだ。トンボ採りにとっては、狩猟本能を掻き立ててくれる好敵手と言えよう。

　1974年5月、右も左もわからないまま秩父のトンボを調べだした僕は、ムカシトンボを求めて鍾乳洞で有名な某川を訪れたが、一向にそれらしい姿を見かけず、そのままぶらぶらしていた。そ こへ声をかけてくれた人がYさんである。その日、Yさんは僕を川の源流域まで案内してくれ、1メートルにも満たない細流でムカシトンボのヤゴを捕まえてく れた。そして、成虫を見るなら某山麓に行くといいと教えてくれた。果たしてその一週間ほど後、僕はそこで4頭のムカシトンボを採ることが出来たのだった。