アジアイトトンボ

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僕がトンボの写真撮影を始めたのは1992年のこと。前年から古いカメラで何となくトンボを撮りだしていたが、撮影マニュアルを買ったのを機に新しいボディとマクロレンズを買い込み、シーズン到来を今か今かと待ちこがれていたわけだ。

　そして4月19日、手始めに近くの石神井公園へと出かけた。朝六時半頃だったろうか、三宝寺池まで来たところでにわかに雨が降りだした。しかし、あんなに楽しみにしていたトンボの撮影を池を目前にしてあきらめることは出来ず、売店の軒下で雨がやむのを待つことにした。その間の何と長く感じられたことか。果たせるかな、一時雨は止み、陽の光さえ差してきた。

　岸辺では何頭かのみずみずしいイトトンボが朝の陽炎の中を舞い、僕の目にはまるで夢の中の出来事のように心地良く映った。懐かしいアジアイトトンボだった。

　子供の頃は家の近くに田んぼが沢山あり、水色や緑やオレンジ色の小さなイトトンボがよく見られた。随分と色が違うので、全部違う種類だと思っていたが、これらはすべてアジアイトトンボなのだった。

　沼地に多いが、台風が過ぎた後に出来た水たまりにも飛んでくる。こんな華奢なからだでどこからやってくるのか、全く不思議だ。

　以前、秩父にトンボを見に行った翌日、車に乗り込もうとしたら、中から一匹のイトトンボが飛び出した。さては秩父で何かの拍子に車に入り込み、百キロも車の旅をした揚げ句、車内で一夜を明かしたのだなと思った。せめて石神井公園まで乗せていこうかとも思ったが、その日は急用があって無理だったので、仕方なく駐車場の生け垣に止まらせた。このトンボは結構移動力があるから、自力で住める場所を見つけるだろうと勝手に判断したのだった。果たして、用事を済ませて戻った時には、駐車場にトンボの姿はもうなかった。